宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮社,2019)の紹介記事「週刊文春2019月9月5日号」より

丸い円が描かれた紙があり、「ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか? 皆が平等になるように切ってください」と出題されたら、多くの人がメルセデス・ベンツのロゴマークのように線を引き、3等分するだろう。しかし、凶悪犯罪に手を染めた非行少年たちの中には、認知力の弱さから、このようにケーキを切れない者が少なくないそうだ。

『ケーキの切れない非行少年たち』の著者・宮口幸治さんは、公立精神科病院に児童精神科医として勤務した後、2009年から発達障害・知的障害を持つ非行少年が収容される医療少年院に6年間、女子少年院に1年間勤務していた。

「最初は衝撃でした。医療少年院で、ある少年の面接をした際、ケーキを3等分する問題を出してみました。すると、まず円の中に縦線を1本引いて2等分し、『う~ん』と悩みこんでしまったのです。その後、何度ケーキを切らせても同じことを繰り返して悩んでしまう。そんな少年に非行の反省や被害者の気持ちを考える従来の矯正教育を行って、どんなに教え諭しても、右の耳から左の耳へと抜けていくでしょう。

 医療少年院に収容された非行少年たちの成育歴を調べてみると、小学2年生くらいから勉強についていけなくなり、学校では『厄介な子』として扱われ、友人にいじめられたり、家庭で虐待を受けたりするなどネガティブな環境に置かれています。軽度知的障害や境界知能があったとしても、その障害に気づかれることはほとんどありません。次第に学校へ行かなくなり、暴力や万引きなどの問題行動を起こし、犯罪によって被害者を作り、逮捕され、少年院に入ることになる。そんな状況になって初めて障害があると気づかれる子どもたちが大勢いることに危機感を抱きました」

「境界知能」はIQ70~84を指し、人口の十数パーセントいるとされる。明らかな知的障害ではないが、状況によっては支援が必要だ。境界知能の人々は健常者と見分けがつきにくく、特別な支援が必要でありながら見過ごされがちだという。



宮口幸治さん

「非行少年の特徴として、『見る』『聞く』『想像する』などの認知機能の弱さがあります。少年たちが更生するには、自分がやった非行としっかり向き合い、被害者の立場から考えることが必要ですが、そもそもその力がない“反省以前”の状態の少年がとても多い。ところが、彼らに『もし大切な家族や最愛の恋人が犯罪被害者になったらどう思うか?』と問うと、絶対に許せないと真剣に答えます。他者の視点に立つところまで誰かが手伝ってあげれば、そこで取返しのつかないことをしてしまったと気づける。逆にいえば、そこまで言わなければ、気づかないのです」

 では、どうしたら少年の非行を抑止できるのか。本書では、認知機能の向上への支援として有効なトレーニング「コグトレ」が紹介されている。

「たとえば、ある図形を正面から見た場合と右側、反対側、左側からの見え方を想像する『心で回転』という課題は、相手の立場に立つ練習であり、相手の気持ちを考える力に繋がる可能性があります。そして、知的なハンディキャップを持って困っている子どもを早期に発見し、効率よく支援する場として、子どもたちが毎日通う学校は最適です。こうしたトレーニングを小学校の朝の会や帰りの会で毎日5分でもいいから続けていくと、認知機能をずいぶんと底上げできると思うのです」

みやぐちこうじ/立命館大学産業社会学部教授。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う「コグトレ研究会」を主宰。医学博士、臨床心理士。著書に『1日5分! 教室で使える漢字コグトレ』などがある。

DAIAMOND onllne 2019.12.30

児童精神科医の著者は、医療少年院と呼ばれる矯正施設に勤務していた。その頃、非行少年たちの中に「反省以前の子ども」がかなりいることに気づいた。凶悪犯罪を起こした自分と向き合い、被害者のことを考えて内省しようにも、その力がないのだ。学力はもちろん認知力も弱く、「ケーキを等分に切る」ことすらできない非行少年が少なくないという。

 そうした子どもたちは知的なハンディを抱えていることが多く、本来は支援の手が差し伸べられるべき存在だ。だが、障害の程度が「軽度」であるため、家族や教員など、周囲の大人に気づかれることがない。勉強についていけず、人間関係もうまく築けずに非行に走ってしまう。必要な支援にアクセスできないまま、最終的に少年院に行き着くことも多い。彼らは何も特別な存在ではない。著者の算定によれば、支援を必要としている子どもの割合は約14%。つまり学校の1クラスが35名だとすれば、5人程度は何かしらの知的な障害を抱えている可能性がある。

 近年、ADHD(注意欠陥多動症)など発達障害に関する認知はだいぶ広まってきた。一方で知的障害に関しては、学校教育現場でも関心が注がれておらず、その詳しい定義すら知らない教員も多いのが現状だ。そこで、著者は自ら5年の歳月をかけて、支援の届きにくい子どもに向けたトレーニングを開発した。すでに一定の効果が得られているという。決して楽観できない現状をレポートした本書 『ケーキの切れない非行少年たち』だが、解決に向けた実践的なメソッドが示されている点に大きな希望が感じられる。すべての大人に知っていただきたい真実が詰まった一冊だ。(小島和子)



本書の要点

(1)非行少年は知的なハンディを抱えていることも多く、その場合は「反省」する力さえない。その背景のひとつには、IQによる知的障害の定義が変わり、必要な支援を受けられない現状がある。
(2)彼らは障害が軽度であれば日頃は普通に過ごせるため、大人になってからも支援の機会を逸し、さまざまな困難に直面しがちだ。
(3)受刑者が一人生まれると年間400万円の社会コストがかかる。国力を上げるためにも、「困っている子ども」の早期発見と支援が欠かせない。学校教育においても、全ての学習の基礎となる認知機能面のトレーニングが必要だ。

要約本文

◆反省以前の子どもたち
◇「厄介な子」が行き着く先は少年院

 著者はこれまで多くの非行少年たちと面接してきた。そこで気づいたのは、凶悪犯罪を行った少年にその理由を尋ねても、難しすぎて彼らには答えられないことが多いということだ。更生のためには自分の行いと向き合い、被害者のことを考えて内省し、自己を洞察することが必要となる。ところが、そもそもその力がない。つまり「反省以前の問題」を抱えた子どもが大勢いるのだ。

 彼らは簡単な足し算や引き算ができず、漢字も読めないだけでなく、見る力や聞く力、そして見えないものを想像する力がとても弱い。そのため話を聞き間違えたり、周りの状況が読めなくて人間関係で失敗したり、イジメに遭ったりしやすい。それが非行の原因になっているのだ。

 こうした子どもは、小学校2年生くらいから勉強についていけなくなる。やがて学校に行かなくなり、暴力や万引きなど問題行動を起こすようになる。軽度知的障害や「境界知能(明らかな知的障害ではないが状況によっては支援が必要)」があったとしても、気づかれることはほとんどない。学校では「厄介な子」として扱われるだけだ。

 非行は突然降ってくるわけではない。必要な支援がうまく届かず、手に負えなくなった子どもたちが、最終的に行き着くところが少年院なのだ。



◇ケーキを切れない非行少年たち

 児童精神科医として公立精神科病院に勤務した後、著者は、医療少年院に赴任した。そこで驚いたことがいくつもある。その一つが、凶悪犯罪に手を染めていた非行少年たちが「ケーキを切れない」ことだった。著者は、紙に描いた丸い円をケーキに見立て、「3人で食べるために平等に切ってください」と促した。すると、ある粗暴な言動が目立つ少年は、悩んで固まってしまった。少年といっても中高生だ。その年頃で「ケーキを切れない」ようでは、非行の反省や被害者の気持ちを考えさせる従来の矯正教育を行っても、効果は見込めない。こうした少年たちは非常に生きにくいはずだ。だが、学校がそこに気づくことはなく、非行化して少年院に来ても理解されず、ひたすら反省を強いられてきた。これこそが問題なのだ。

 著者が幼稚園や小中学校で学校コンサルテーションや教育・発達相談を行う中で、よく挙がってくる問題がある。例えば、感情コントロールが苦手ですぐにカッとなる子ども。嘘をつく子ども。そして、じっと座っていられない子どもの存在だ。彼らの特徴は、実は少年院にいる非行少年の小学校時代のそれとほぼ同じである。

 幼女への強制猥褻罪で逮捕された16歳の少年は、次のように語った。「勉強についていけずにイライラして悪いことをした。特別な支援を受けられていたら、ストレスが溜まらなかったと思う」。もし小学校で特別支援教育につながっていたら、彼が少年院に来ることもなく、被害者を生まずに済んだかもしれない。

◇クラスの下から5人には支援が必要

 一般的に、IQが70未満で、社会的にも障害があれば知的障害と診断される。この基準は1970年代以降のものだ。1950年代の一時期は、IQ85未満が知的障害とされていたことがある。だが、この定義では全体の約16%の人が知的障害となり、あまりに人数が多過ぎる。支援現場の実態にそぐわないなどという理由で、基準がIQ70未満に下げられた経緯がある。

 時代によって知的障害の定義が変わっても、事実が変わるわけではない。現在、IQ70~84は「境界知能」にあたるが、ここに相当する子どもたちは、知的障害者と同じしんどさを感じており、支援を必要としているかもしれない。こうした子どもたちの割合は約14%と算定される。つまり、標準的な1クラス35名のうち、下から数えて5人程度は、かつての定義であれば知的障害に相当していた可能性が

◇4次障害

 障害を持った非行少年たちは、少年院を出た後は社会で真面目に働きたいと思っている。だが、その多くは、理解のある会社で職を得ても、長くて3カ月くらいで辞めてしまう。認知機能の弱さ、対人スキルの乏しさ、身体的不器用さ。これらが原因となり、非行に理解はあっても発達障害や知的障害の知識が不十分な雇用主から叱責され、やる気があっても続けられないのだ。

 職がなければお金もない。そこで安易に窃盗などに手を染めることになる。著者はこれを「4次障害」だと考える。1次障害は障害自体によるもの。2次障害は周囲から障害を理解されず、学校などで適切な支援を受けられなかったことによるものだ。3次障害は非行化して矯正施設に入っても理解されず、厳しい指導を受け、ますます悪化することだ。そして4次障害として、社会に出てからも理解されず、偏見もあり、仕事が続かず再非行につながってしまう。

◆忘れられた人々
◇理解できない凶悪犯罪の背景

「なぜこんな犯罪を?」と首を傾げたくなる事件をよく耳にする。著者の印象に強く残っているのは、2014年に起きた神戸市長田区小1女児殺害事件だ。ビニール袋に入れられた遺体が雑木林で見つかったのだが、そのビニール袋には、たばこの吸い殻と犯人の名前の書かれた診察券が入っていた。どうして犯人は、すぐに身元が割れるようなことをしたのか。

 後になって容疑者が療育手帳(軽度知的障害の範囲)を所持していたことがわかり、その奇異な行動の意味が理解できた。知的障害のある人は、後先を考えて行動するのが苦手だ。そのため、診察券から素性がバレると想像できなかったのだろう。

「軽度」という言葉から誤解を招きがちだが、軽度知的障害や境界知能を持っている人たちは、実は多くの支援を必要としている。ふだん生活している限りでは、ほとんど健常の人たちと見分けがつかず、通常の会話も普通にできる。そのため、障害があるとは思われない。先の容疑者も、陸上自衛隊に勤務し、大型一種免許や特殊車両免許を持っており、それなりに能力があったのは確かだ。

◇受刑者の半数は知的なハンディを抱える

 彼らはいつもと違ったことや初めての場面に遭遇すると、どう対応していいかわからず思考が固まってしまうことがある。例えば、いつも乗っている電車が人身事故で止まってしまった場合、柔軟に違うルートを探すといったことは困難だ。

◇4次障害

 障害を持った非行少年たちは、少年院を出た後は社会で真面目に働きたいと思っている。だが、その多くは、理解のある会社で職を得ても、長くて3カ月くらいで辞めてしまう。認知機能の弱さ、対人スキルの乏しさ、身体的不器用さ。これらが原因となり、非行に理解はあっても発達障害や知的障害の知識が不十分な雇用主から叱責され、やる気があっても続けられないのだ。

 職がなければお金もない。そこで安易に窃盗などに手を染めることになる。著者はこれを「4次障害」だと考える。1次障害は障害自体によるもの。2次障害は周囲から障害を理解されず、学校などで適切な支援を受けられなかったことによるものだ。3次障害は非行化して矯正施設に入っても理解されず、厳しい指導を受け、ますます悪化することだ。そして4次障害として、社会に出てからも理解されず、偏見もあり、仕事が続かず再非行につながってしまう。

 彼らは社会的には普通の人と区別がつかない。そのため、要求度の高い仕事を与えられて、失敗すると非難されたり、自分のせいだと思ってしまったりする。本人も普通を装い、支援を拒否するケースもあり、支援を受ける機会を逃してしまう。結果的に、社会から「厄介な人たち」と攻撃や搾取の対象にされてしまいがちだ。そのため、場合によっては、意図せずとも反社会的な行動に巻き込まれる可能性もある。

 おそらく刑務所にいる受刑者のうち、かなりの割合を軽度知的障害や境界知能を持った人が占めていると思われる。法務省の統計データから類推すると、2017年の新受刑者のうち、半数近くがそうした人たちだ。一般に、軽度知的障害や境界知能の割合は15~16%程度であることを考えると、かなり高い割合だといっていい。

【必読ポイント!】
◆1日5分で日本を変える
◇ソーシャルスキルが身につかない訳

 知的なハンディが原因で罪を犯すことがないよう、学校では子どもたちにどのような支援をすればいいのか。子どもへの支援を大別すると、学習面、身体面(運動面)、社会面の3つとなる。このうち、対人スキルや感情コントロール、問題解決力といった社会面については、系統だった支援が全くないのが現状だ。

 集団生活を通して自然に身につけられる子どもも多いが、発達障害や知的障害のある子どもには難しい。学校で系統的に学ぶしかない。その機会がないと、多くの問題行動につながりやすく、非行化するリスクが高まる。

 支援対象となる子どもについて、心理士などの専門家は、「対人関係に課題があるため、ソーシャルスキルを身につける必要あり」とみなすことが多い。そのためによく用いられるのが、認知行動療法に基づいたトレーニングだ。認知行動療法とは、考え方を変えることによって、不適切な行動を適切な行動に変えていく方法である。心理療法の分野で効果が認められている。

 だが、問題は、このトレーニングが「認知機能に大きな問題がない」ことを前提としていることだ。「考え方」を変える以上、本人にある程度の「考える力」が求められる。対象者の認知機能に何かしらの問題があれば、効果は期待できない。にもかかわらず、矯正教育や学校教育の現場では、対象者の能力を考慮せず、「とにかくソーシャルスキルトレーニングを」と、形式的な対応がなされることがしばしばだ。

認知機能に着目した新しい治療教育

 近頃、認知機能面への介入の必要性が、学校教育でも認識されるようになってきた。認知機能向上への支援として有効なトレーニングに、「コグトレ」と呼ばれるものがある。認知機能を構成する5つの要素(記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断)に対応した認知機能強化トレーニングだ。著者が医療少年院で約5年の歳月をかけて開発したもので、すでに一定の効果が得られている。

 コグトレは、パズルやゲームのような形式であるため、直接的には学習という印象を与えない。漢字や計算ドリルができないと、子どもは「学習そのものができない」と思って傷ついてしまう。しかしコグトレならば、楽しみながらゲーム感覚で取り組めるうえに、できなかったからといって傷つくこともない。

 学校のカリキュラムは、学習指導要領に沿って厳格に管理されている。独自にまとまった時間を取って、系統立ったトレーニングをすることは難しい。だが、このコグトレなら、朝の会や帰りの会の5分を使って行うだけでも効果がある。

 コグトレのような認知機能トレーニングは、犯罪を減らすことにもつながる。凶悪犯罪の中には、生活歴や性格の問題以外にも、脳機能障害の問題を避けて通れない事件もあるためだ。

◇犯罪者を納税者に

 刑務所にいる受刑者を一人養うのに、年間約300万円かかるという試算がある。一方で、平均的な勤労者は、消費税なども考慮すると、一人あたり年間100万円程度は何らかの税金を納めている。もし、受刑者を一人でも健全な納税者に変えられたなら、約400万円の経済効果になるわけだ。

 逆にいえば、受刑者一人につき400万円の損失が生じているともいえる。刑事施設の収容人数が約5万6000人(平成29年度末)であることを考えると、単純計算でも年間2240億円の損失だ。被害者の損失額も加味すれば、年間の損害額は5000億円を下らないはずだ。こうした点で見ると、犯罪者を減らすことが日本の国力を上げるうえでも重要だといえる。

 そのためにできることは、「困っている子ども」の早期発見と支援だ。それを最も効果的に行えるのは、子どもたちが毎日通う学校以外にあり得ない。今後、新たな視点をもった学校教育が充実することを願ってやまない。

一読のすすめ

 著者は、医療少年院に送られた非行少年や大人の受刑者など、犯罪に手を染めてしまった人々と、その背景にある知的なハンディの関係について述べている。認知機能に「軽度」の障害を抱えたまま社会に出て、「普通に」暮らしている人は、思いのほか大勢いるのだろう。周囲にも一人や二人、思い浮かぶのではないだろうか。「あの人、空気読めなくて困るよね」、「もっと臨機応変に対応してくれないかな」といった人が。そうした人々のうち何割かは、本書で述べられているような課題を抱えているのかもしれない。

 教育関係者でもない立場で、知人や同僚、隣人として何ができるのかまで、本書がつまびらかに示しているわけではない。だが、一見「厄介な人」にも、何かしら事情があるのではないか。せめてそう思いを馳せられる人が増えれば、彼らの生きづらさが多少は和らぐのかもしれない。そんな大事なことに気づかせてくれる貴重な一冊だ。多くの方に手に取ってお読みいただきたい。
20200414

2021年01月09日