民藝好き

倉敷ガラス

 

高210 径140

高310 径110

高330 底径75

高225 径150

高145 口径85

高190 径楕円180/70

高200 径90

高235 径100

石川雅一(いしかわ・はじめ)さんの陶器

益子の陶芸作家の石川さんは1967年生まれ。吉田善彦氏に師事したのち、合田好道のもとで仕事をし、1985年に独立した。そのころに、東京の備後屋さんで作品と出合ったのがお付き合いの始まり。

 倉敷ガラスから始まった民藝の世界で、若い作家が還暦を迎えるまでのその時々の作品と出会うことができたのは、たいへん幸福なことだった。還暦後も、ますます意欲的な作陶に、はげまされる。ありがたいことです。

 

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オリエントのガラス

軽くて、こつんとあたって壊れそうです。


 

俵有作さんのこと

民芸店備後屋の店主の弟で、店の最上階で「ギャラリー華」を開いておられた俵さんは、「浮世離れした空間を運営される中で、選び抜いた世界の優れたものに囲まれて、近い感性と認めた人には、惜しみなくさまざまなものを見せ、語られるのだ。」(アートスペース繭つれづれ ブログ)

俵学校とでもいっていいのかもしれない。そうすると、私はそこの生徒だった。感性が近いとまではとうてい言えないが、門外漢の素朴な質問を気に入ってくださったのかも知れない。民藝作家の無名と有名、作品に名をつけるのかつけないのか、といったこと。私が追っかけしている石川雅一(はじめ)の将来について、など。

40歳代の私は、忙しくて疲れ切っていた。そんなとき、俵さんのところにいって、命の洗濯をしてもらっていた。あるとき、しびれをきらしたように、何かまとまらないの、と言われた。飄々として、マイペースのように受け止めておられたのだろうか。落第生ではなかったとも思うけれど、民藝の世界からみると、門前の小僧どまりであるに違いない。石川さんも公務員生活を終え、大学の教員になるといったら、まだ図書館やるの? とあきれていた。なんで民藝の世界に入ってこないのか、不思議なのだろう。

下の画像は『詩画集 風』短歌・保坂耕人 墨像・俵有作 堀槇吉・編集発行 1994 より

ふと気づくひとりの影の長くしてふりむく時の風の甲斐駒

風の野に目放てば日の暮れて一途に遠き雪山ばかり

 


ずぶぬれて痛みし靴をかばひつつ良寛禅師の墓に近づく

傷心の吾を支えてあるものを言いがやくして歌誌薄く積む