『遅れ時計の詩人』(2017)『やちまたの人』(2018)涸沢純平(編集工房ノア刊)残日録220426
ともに「編集工房ノア著者追悼記」とある。追悼記だからもう死んでしまった著者と出版社の話である。
「編集工房ノア」については、三月書房のブログによく出てきていたので、気になる出版社ではあったけれど、文芸書を読む習慣がとっくになくなっていたので、読むことはなかった。
店主の宍戸さんからPR誌「海鳴り」をいただいたこともあった。
この出版社から出ている山田稔さんの本を図書館から借りて数冊続けて読んで、この出版社のことを知りたくなり、読むことにした。図書館には未所蔵だったので、アマゾンで古書を取り寄せた。贈呈された本で、「贈呈」の紙が挟んであった。新聞社等に送られた本だろうと思う。
題名の「遅れ時計の詩人」は清水正一という蒲鉾屋を営む詩人の話。
「私は、詩人清水さんには申し訳ないけれど、清水さんを詩人というより、父のように思っていた。清水さんもそのように接してくれるので、そのように思っていた」と書く。その分、少しだけ余分に手触りを感じさせる文になっている。
カバーに清水の手書きの詩「雪」の部分がデザインされている。縦書きだが横書きで書き写す。
雪ガフッテイル
チ
エ
ホ
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ソンナオトシテ降ッテイル
「私の父は漁師であったが、町に出ると父の魚くさいのが嫌だった。清水さんと喫茶店に入る時、出版記念会に店からかけつけた時など、清水さんの身体から強い油の臭いがして、嫌だと思うことがあった。それは他人に閉口するというより、肉親が他人に対して恥ずかしいという嫌さであった」という表現が効いている。
清水正一の墓は、播州の土山駅の近くにある。長男の勇氏が播磨耐火煉瓦に就職した関係で、長男の家が近くにあるからだそうだ。播磨耐火煉瓦の工場が生まれた村にあったことを思い出した。ググってみたら黒崎窯業と合併して黒崎播磨となっている。
帯は、地方小出版流通センター代表川上賢一による。
全国の地方出版社の中でも少ない、
関西で唯一の文芸出版社主・涸沢純平が綴る、
表現者たちとの熱い交わり模様、亡き文人たちを
語る惜別のことば。奥さんと二人の出版物語。
「やちまたの人」という題は足立巻一の『人の世やちまた』からとっている。カバーは足立の直筆が使われている。
こちらの帯は山田稔。
著者の涸沢純平によれば、出版とは本をこしらえて売るだけでなく、著
作を敬愛し著者を家族と思うことである。その著者たちとの、人生の「やち
また」でめぐり会いから永の別れまでをつぶさに描いた本書は、前著
『遅れ時計の詩人』同様、いわば「ノア」一族の家族アルバムであると同
時に、関西の文学界にとって貴重な人間記録となっている。
とある。
こちらの本では、三輪正道が気になったので、読んでみたいと思った。長浜市立図書館は未所蔵だったので、県内図書館の横断検索をした。数館で所蔵があった。彦根が5冊所蔵していた。彦根は三輪が就職して最初の任地である。
「就職して三年目にして、精神の破滅(急性分裂病のような神経衰弱)を経験し、一昨年の呉から一カ月は憂鬱状態につき自宅療養、今も抑鬱剤のお世話になってどうにか会社に通っている」
そこから、あちこちに転勤するのだが、彦根時代の同僚か知人のリクエストによる所蔵かも知れない。たぶん、そんなところだろう、と思った。
読んでみたいが、今はそのゆとりがない。後日、ということになる。
この2冊のなかに、20才代の頃、詩人の大西隆志さんから聞いた人の名前が出てきたりして、懐かしい気分になった。
このところ、母の入院で実家が空き家になってしまうので、家に風を入れてやらねばならないのと、本をおいている物置を壊して車庫スペースをつくるために、本の移動をしなければならないので、週に一泊二日、帰郷している。
本を箱詰めしていたら、大学時代のノートが出てきて、そこに小説らしきものを書いている。そういう時間が蒙昧な自分にもあったことを、すっかり忘れていた。