「日本が生き延びるための条件」内田樹(「一冊の本」2022.4)残日録220405

内田は10年前から毎年韓国に公演旅行に行く。コロナのせいで、この2年間はオンラインでの講演になった。今年のテーマは「地方消滅危機時代の人文知の役割」。そのことに触れたエッセイ。
そこから紹介する。(P4~5)

日本は「地方消滅危機」においては韓国に一歩先んじている。おそらくはその「経験知」を語って欲しいというところだったのだと思う。期待に添えず申し訳ないが、私は韓国の方に「成功事例」を語って差し上げることができなかった。日本政府には「人口減対策」と呼べるようなものはないからである。
人口減対策としては大きく二つのシナリオしかない。都市部への一極集中か地方への資源の分配か、いずれかである。人口減と高齢化という否定的条件の下でなお経済成長を続け、資本主義の繁栄を求めようという無理筋を通すつもりなら、都市への一極集中と地方の消滅という未来しかない。国土のほとんどを無住地にしても都市に人口を集めれば、そこだけは人口が密集し、活発な生産と消費が行なわれる。「シンガポール化」である。
日本の政官財界はすでにこのシナリオを選んでいると私は思う。本来なら、国の将来のかたちを決める重大な事案なのであるから、ひろく衆知を集めて国民的な議論をして合意形成を図るべきことなのだが、そのような議論はこれまでまったくなされていないし、そもそも国民的な合意形成が必要だという合意さえない。「ある限りの資源を都市に集め、地方は捨てる」ということは既決事項なのである。それ以外に資本主義が延命できる道がないのである。
そのことを政治家が語らず、メディアも話題にしないのは、そのシナリオを今の時点で公開してしまうと、自民党が地方の議席のほとんどを失って、政権の座から転落することがわかり切っているからである。

人口減への対策として、移民の受け入れという選択肢がある。それについてはどうなのか。

つまり、韓国は北朝鮮を、台湾は香港を、中国はアフリカをそれぞれ人口減対策のために「当てにしている」。翻ってわがくにはどうなのだろう。日本はベトナム、インドネシア、フィリピン、マレーシアなどの、人口が多く、年齢が若い国からの移民労働者を当てにしている。だが、賃金水準ではいずれ中国に抜かれる。日本が彼らに提供できるとしたら「政治的自由」と「異邦人に対する寛容と歓待」くらいしかない。しかし、今の日本の政官財の指導者たちを見ていると、その二つが日本が生き延びるための必須の条件だということに気づいている人はほとんどいない。

賃金が上がらない、については諸説ある。それに比例して物価が安い。ユニクロ、百均、牛丼屋など低価格で質の高い商品がある。原材料が上がるので、価格は上昇するだろうけれど、影響はそう大きくはないだろう。なにせ、賃金が上がらないのだから、高騰には限りがある。
移民にとっても生活はし易いだろうから、「政治的自由」と「異邦人に対する寛容と歓待」に「安全」と「暮らしやすさ」でもって売っていくしかないのだろう。
石油は高騰するに違いないので、物流の費用も高騰する。そうなれば、地球全体としても地域ごとに「縮小社会化」が進むことになる。食料自給率を上げる必要が出てくる。地方を放棄するという選択が可能なのか。製造業の生産性の低さをどれほど克服できるのか。日本の資本主義は、賃金同様、相対的に低落していくのだろうか。

2022年04月05日