『塚森裕太がログアウトしたら』浅原ナオト(幻冬舎.2020)残日録220112

著者の『御徒町カグヤナイツ』ではこんな中学生はいないだろう、と灰谷健次郎『太陽の子』以来、数十年たって久々に思ったが、『塚原裕太…』のほうは高校生の話で、まあこっちは成り立っているなあ、と思った。でも内省として描かれる自己分析が出来すぎというところはある。
塚原裕太という主人公は「顔が良くて、勉強ができて、スポーツができて、性格が良い」その彼がインスタでゲイであることをカミングアウトする。そのことは、多くの人に肯定的に受け止められる。
塚森を含む5人の一週間の話。

第1章.清水瑛斗は塚森と同じ学校の生徒で隠れゲイ。2000円で団地の4回でタバコ臭い男とセックスをしている。塚森のカミングアウトに匿名で「こいつと同じ高校のゲイだけどこういう自分に酔ったカミングアウト本当に迷惑。人生充実しているキラキラマンには話題にされたくないって感覚がわからないのかな。みんなお前みたいに強いわけじゃないんだけど」と悪態をつく。
塚森はそれに反応して、高校の昼休みの全校放送で、隠れゲイがこの学校にもいることを伝え、当事者を傷つけてしまうようなことはしてほしくない、と伝える。この発言は拍手を持って向かい入れられる。
バスケットボール部のエースの塚森が週末の試合で精彩を欠く。清水は僕のせいじゃない。と思う。どうして精細がないのかは、謎として最終章まで持ち越される。
終わりの頃に、第3章の内藤まゆが登場する。「塚森先輩が何を考えているのか、知りたいんだ。なんでカミングアウトをしたのか。なんで全校放送を流したのか。カミングアウトも全校放送も大成功なのに、なんで今日はあんなに調子が悪いのか。そういうの、ちゃんと理解したい。それがすごく、自分にとって大事なことな気がするんだ」と清水が内藤に訊ねる。「好きな人のこと、分からないから分かりたいと思うし、分かろうとするんでしょ」と内藤は答える。
清水は「僕は自分を認められないから、自分のことが嫌いだった訳ではない。/自分のことが好きだから。/自分はもっとやれると信じているから。/だから、何もできない自分を認められなかったのだ。」というところに行き着く。これはネガとポジとして終章にまで届いている。いい伏線になっている。

第2章.小山田貴文は娘がレズビアンかもしれないと疑う藤森の通う高校の教員である。親しいバスケの顧問教員梅澤を介して、藤森に接近する。梅澤は塚森のしようとしている全校放送について「立派すぎるんだよ」と言う。小山田はスピーチを聞いて「内容も話し方も高校生とは思えない素晴らしいスピーチだと感じた」。「あいつはどういう顔でスピーチを聞いていたのだろう。食堂に入るはずの梅澤を思い出しながら、弁当のプチトマトを頬張る」。
「同性愛の知り合いとの接し方に困っている」という小山田の相談に塚森は「機械みたいな出来すぎな」返答を返す。「ああいう風に世界を俯瞰できる子」という小山田の言葉に、梅澤は「決定的に意見を違えている」。その梅澤に小山田は「お前は目の前の塚森くんを、ありのままに認めてやればいいんだ」と言う。
試合の前日に「塚森くん、と揉めた」武井進が登場する。揉めた内容は第4章になるまでわからない。小山田は「何もしなかったから、なるようになった。それだけなんだよ。人と人は放っておいたら離れるものなんだ。だから繋がりたい人とは、必死になって繋がらなくちゃならない。僕はそれに気づいていなかった」と、家族であるから繋がっていると思っていた己を顧みつつ、「もし君が、まだ塚森くんと繋がりたいと思っているなら、必死にならなきゃいけないよ」といい、武井と自分に、まだ「間に合うよ」と言う。
塚森の物語に巻き込まれた梅澤は「俺も色々、分かったことがある。分からないことも」と小山田に試合が終わったら話す、という。「負けちまえばいいんだ」と呟く。

第3章.内藤まゆは妻森ファンの女子高生。塚森がゲイでも応援し続ける。インスタでのゲイとカミングアウトした塚森に「感動しました! 塚森先輩がどんな人でも、私は塚森先輩を支え続けます」と即刻コメントを打つ。塚森の追っかけとして分かる範囲の試合は観戦する。それを最優先している。内藤はファンと自称している。バスケのマネージャーの佐伯先輩が塚森のことを好きだと分かっている。
「私たちきっと、裕太のことを何も見ていなかったんだよ。自分勝手に見ているつもりになって、自惚れていただけ。これからどうなるにしても、どうするにしても、まずそれを認めないといけない」という佐伯に、「わたしは違う。わたしは塚森先輩のことちゃんと見てきた。ゲイであることに気づかなかったのは、単に気にしていなかったからだ。わたしは塚森先輩と付き合いたいわけではないから、塚森先輩が誰のことを好きでも良かった。自分を好きになってほしかった佐伯先輩とはそもそもポジションが違う」と言い聞かせる。
けなげだ。
全校放送のあった日のバスケの練習は大量のギャラリーで溢れている。「語るカリスマと大衆という関係が、塚森先輩の存在力によって作り上げられた」と内藤は思う。塚森が練習の妨げになるので、とギャラリーの退場を促す。
試合当日、練習の見学者を追い返したことを、塚森から「内藤さんにはどういう風に見えてたかなと思って」と聞かれる。「素敵だ」「いつも通り立派で、カッコよかったです」と答えると、「ほんの一瞬。/パラパラ漫画に一枚おかしな絵が混ざったみたいに、塚森先輩の表情がほんの一瞬だけ歪んだ」。内藤は気になった。
精細のないプレイをする塚森に、去年のインハイの準決勝を思い出し、「あの時は塚森先輩が手を振ってくれた。今度はわたしだ。そういう想いで笑みを浮かべ、ひらひらと手を振る。/塚森先輩が、ぷいと頭を下げた。」
内藤は、「どうしたって好きになれない相手に好意を向けられて、差し入れなんか送られて、さぞ鬱陶しかっただろう」と気づく。
「好きじゃん。/わたし、塚森先輩のこと、めちゃくちゃ好きじゃん」と気づく。
その後、清水に会い、武井とすれ違い、小山田と会う。

第4章.武井進はバスケ部の一年生。塚森のカミングアウトをどうしても受け入れられない。
阿部先輩と塚森先輩がストレッチをしている。「余計な情報が入っているせいで特殊な意味を帯びて見える。阿部先輩は今、どういう気持で塚森先輩とのストレッチをしているのだろう。塚森先輩は今まで、どういう気持で阿部先輩にストレッチの相手をさせていたのだろう。考えなくてもいいのに、考えないほうがいいのに、つい考えてしまう」武井だった。
阿部先輩が「俺が言いたいのは、お前らにはあいつの味方をやって欲しいことだ。誰かにあいつのことを聞かれたら褒めてほしい。バカにするやつがいたら止めて欲しい。あいつがすごいプレーヤーで、すごいいいやつなんだって、そう伝えて欲しいんだ。俺はあいつがそう言われるだけのことをやってきたと思っている。お前達だってそうだろ。あいつのこと、すくなくとも嫌いでないだろ」と言う。同意しない武井がいる。

武井が塚森にひどいことを言った。
小山田先生は「間に合うよ」「きっと、間に合う」と言う。

「おれは許されない事をした。本当ならこのまま部活を辞めて、責任をとらなくちゃならない。だけど辞めない。しがみつく」/流れに任せてはいけない。なるようになってはいけない。何も選ばなければ離れて行ってしまう人と、これからもきちんと繋がり続けるために。/「そのためには、無理をしないわけにはいかないだろう」と言い切る武井だった。
塚森を「バスケの神様」だと思っていた武井は、「貴方はやっぱり、神さまではない。/人間だ。おれと何も変わらない、ティーンエイジャーの少年。それに気づかなかったおれに、気づかずめちゃくちゃにしてしまったおれに、謝るチャンスを与えて欲しい。もう手遅れかもしれない。間に合わないかもしれない。だけど試すことすらできないのはイヤだ。だから、この試合は――/――勝ってください。」

ここまで仕込みに仕込んだ。伏線もそろっている。

第5章.当事者、塚森裕太。バスケ部エースで人気者。カミングアウトもあたたかく受け入れられ、完璧な「塚森裕太」であり続けようとするが……。

あまり小説は読まない。こういうの、山田詠美『学問』以来かな。セックスから学ぶところはないけれど。
もう少し書き込むと、苦しさが勝ってしまう。いいところでまとまりをつけているなあと思った。
梅澤先生の章はさすがにあるわけがないだろう。スピンオフならありか。

2022年01月12日