『「日本型格差社会」からの脱却』岩田規久男.光文社新書.2021 残日録210818
リフレ派の岩田氏の新書が出た。アベノミックス「量的・質的金融緩和」がどう評価されているのか、岩田氏の提案する「政策パッケージ」を読みたい、と思った。
アベノミックスについては、
「安部首相の辞任で、アベノミクスが解決しようとした問題のかなりの部分が解決されることなく残ってしまった。」(p60)「安部前首相は、首相就任当時は「経済成長なくして財政再建なし」と述べて、アベノミックスを始めた。しかし、抵抗勢力が強く、途中から「成長と財政再建は両立する」と言わざるを得なくなり、2014年度に消費税を実施し、2%の物価安定化に失敗した。」(P97)「アベノミックスがデフレから完全脱却に失敗したのは、この2回の消費税増税と「基礎的財政収支の黒字化」を達成する日にちを、そのときの経済状態にかかわらず、前もって決めて実行する(日付ベースまたはカレンダーベースの政策)という、財政緊縮政策をとったことにある。」(p100)とある。
とある。金融(日銀)と財政(政府)の両輪が違う方向を向いていては、デフレからの脱却は難しいのだ。
「政策パッケージ」は「はじめに」で要約して提示されている。
① 格差の縮小は高所得者・高資産家から低所得者・低資産家への分配を伴うが、それだけでは将来の医療や年金制度などを「国民が安心できる」水準に維持することはできない。この水準を維持するためには、1人当たりの生産性、つまりは1人当たりGDPを引き上げる政策が必要である。その政策は公正な競争政策を導入し、女性の労働参加率を引き上げ、さらに次の②から⑧を実施することである。
② 日本の所得再配分政策は社会保障による高齢者への再配分に偏っており、税による所得再配分が弱い。これを正すために資本所得課税に累進性を導入する。
③ 雇用契約の自由化により、正規社員と非正規社員の区別をなくし、労働市場の流動化を進める。
④ 失業や転職などが不利にならないように、職業訓練制度や就業支援制度を取り入れた積極的労働市場政策に転換する。日本でも、2014年頃から積極的朗度市場への転換が始まった。今後はこの政策を進化させることが必要である。
⑤ 所得再配分政策を集団的所得再配分政策(中小企業や農業などの特定の集団を保護することによって所得を再配分すること)から個人単位の所得再配分へ転換する。
⑥ ⑤から派生する問題であるが、公的補助は供給者ではなく、消費者を対象にすべきである。教育や保育などの分野での利用券(バウチャー)制度の導入がその例である。
⑦ 切れ目のないセーフティネットを整備するために、④の積極的労働市場政策を推進するとともに、負の所得課税方式の給付付き累進課税制度を導入する。切れ目のないセーフティネットが整備されれば、生活保護の対象者は不稼働者(健康上の理由等により働く能力を欠く人)だけになる。
⑧ 年金純債務(すでに年金保険料を支払った年金支給開始以降の加入者の存命中に、政府が支給しなければいけない年金額から年金積立金を差し引いた政府の純債務)を、新たに創設する「年金清算事業団」に移し、時限的に新型相続税を設けて、それを財源に長期に渡って返済する。今後、年金を受給する世代の年金制度は「修正賦課方式」から「積立方式」に転換する。
(pp,13-14)
前日銀副総裁の「処方箋」は明確である。
長期デフレが「格差と貧困」をもたらしていることがよくわかる内容であった。
主婦優遇税制を止めること一つをとってみても、なかなか困難なのだろうと思っているので、この「処方箋」が受け入れられるのは困難かもしれないが、④⑤などいくつかについては可能なのかもしれない。
「日本における解決を迫られている問題」が「あとがき」で触れられている。
一つは
日本ではデフレ脱却を専門に考えるべきマクロ経済研究者の多数派が、日本銀行がデフレ脱却のために実施している「量的・質的緩和」に反対している状況である。このようなマクロ経済研究者の無理解が、デフレから脱却しようとしている矢先の2014年に消費税増税の実施を許してしまい、デフレからの完全脱却が未だにできずにいる主たる原因である。
もう一つは
「自称リベラル派」が格差や貧困(相対的貧困)といった「デフレの悪」を理解しないまま、むしろ「失業を増やし、格差を拡大する」ような政策批判を繰り返していることである。そもそも、デフレ下の「消費増税」を「財政と社会保障の再建を可能にする」として主張したのは、選挙で揚げた「マニュフェスト」を、解散選挙で民意を問うこともなく平気で破った「旧民主党」である。それにもかかわらず、「立憲」を掲げていることは不思議な現象である。
自称リベラル派が「経済無知」であるため(立憲民主党にも旧民主党にも経済に精通している人はごく少数ながら存在するが、執行部になれないことが最大の問題である)、アベノミックスの真に足りない点を修正できずに、もっぱら政権のスキャンダル追及に時間を費やしている政治状況は、日本にとって不幸なことである。
(pp,356-357)
「もう一つ」の方は、見苦しいことこの上ない。
昔日、構造改良論があったが、政治の世界では未熟なまま消滅した。政府の政策に対抗すべき「政策提案」が求められることもあったが、55年体制のなかでは改良主義的な取り組みとの評価もあり、あまり広がらなかった。
「政策科学」としての「処方箋」は、井出英策『日本財政 転換の指針』(岩波新書,2013)などもあって、巷間での論議が求められている。井出氏は自称リベラルに近い存在であろうが、「経済無知」の衆はほとんど関心がないのではないか。
左派にとって「マルクス—エンゲルス―レーニン」という国家社会主義の影響が大きかった。国家というステージで対抗することに無理がるのだろう。協同組合主義というステージや、地方自治、国家を超えての連帯の輪といったところから再構築しなければならないのだろう。