『リニア中央新幹線をめぐって――原発事故とコロナ・パンデミックスから見直す』山本義隆.みすず書房 残日録210705
「リニア中央新幹線計画に対する批判は、福島の原発事故とコロナのパンデミックスを経験した私たちが現在の日本社会の基本的なありように対してしなければならない総点検の一環なのです」(p11)とある。
リニアについては、非現実的な工事計画のことを知っている。トンネルを掘ったあとに出る残土の行き場所や輸送の問題や、大井川の水への影響などがよく知られていることである。先般、静岡県知事選があり、リニアに同意していない現職が勝った。ほっとしていたところ、先日来の熱海の土石流である。これで残土の行き場所は、盆地をダムにするがごとく、残土大地を作るくらいしか手はあるまい。それにしても下流に住む人への危険度はダムごときではあるまい。
大深度地下のトンネルについては東京外郭環状道路が先行していて、地盤沈下や地下空洞が発生している。
この本では、リニアに大量の電気が必要なこと、そのためには原発を再稼働または新設する必要があること、電磁波の影響、といった科学の領域の話だけでなく、東京一極集中(名古屋・大阪の東京圏への時込み)のパンデミックスの危険性、JR東海の採算性、といったあたりにまでふれられている。
JR東日本の元会長・松田昌士の談話が紹介されている。
高価なヘリュウムを使い、大量の電力を消費する。トンネルを時速500㎞で飛ばすと、ボルト一つ外れても大惨事になる。
「俺はリニアには乗らない。だって、治下の深いところだから、死骸もでてこねえわな」
どうも事故は想定外のようである。この本からの孫引きになるが、紹介しておきたい。
ではなぜリニアなのか。池内了によると、
科学者は世界初の原爆作りに熱中してしまい、それがどのような厄災をもたらすかについては(少なくとも完成まで)考えも及ばなかったのだ。科学者は「世界初」という美名と潤沢な研究資金が提供されれば、結果がどうなろうと突き進んでしまう存在なのである。……世界一となることが目的であり、科学者もそれに積極的に参加していったのだ。(科学者は「世界一」という言葉に滅法弱い)。
橋山禮次郎によると、
この計画を考え出したJR東海の目的、経営戦略上の狙いはどこにあるのだろうか。……計画概要から読み取れる狙いは、「世界一速い鉄道を実現し、世界の鉄道界をリードしたい」、「これまでの鉄道にイノベーション(革新)を起こす」、「そのため、これまで開発してきた未踏の新技術である超電導磁気浮上方式のリニアを中央新幹線で実用化する」ということにあるように思われる。
JR東海自身が中央新幹線の運行方式について「在来型新幹線と同じでは能がない」と公言してきた背後には、もうひとつのバイパス新幹線をつくることではなく、「リニアを実現すること」という真の狙いがある。
高速化をどう実現するか。JR東海の考えは、これまた明快である。在来新幹線方式ではスピードアップに限界がある。世界の鉄道革新の先頭に立つには、これまで巨額の開発費をつぎ込んできた超電導磁気浮上リニアの実現しかない。
としてナショナルな要素が指摘されている。
著者は「脱成長」に方向をきる選択を提起している。
広井良典『定常型社会』『ポスト資本主義』や飯田哲也・金子勝『メガ・リスク時代の「日本再生」戦略』、セルヴィーニュ・スティーヴンス『崩壊学』、斎藤幸平『人新生の「資本論」』などが紹介されている。