残日録30 永井龍男『秋 その他』

 1970年代の短編集。あとがきに「もともと視野の広い男ではないが、年を重ねるにしたがって、身辺の瑣事を材料にしたものが多く、さればと申して私小説としても中途半端だ」と永井自身がかいているが、随筆集ではないところがおもしろい。随筆にしてしまえばいいものをと思うかもしれないが、そういうわけではない。表題になっている「秋」は、「月見座頭」という狂言を観たことと、娘の嫁ぎ先の義母の死と、瑞泉寺で月を肴に酒を呑むという3つの話が、絡みそうで絡まないのだが、虚実を混ぜて「秋」の気配を感じさせる一遍となっている。

 

  日曜日には、ほとんど来訪客はない。

  ベルが鳴るので玄関へでると、若い女性が口語訳の新しい聖書を備えぬかということだった。われわ れ年配のものには、昔ながらのものがよいと云って断る。玄関うちの竹叢から、今年竹がが高々と天を 突いている。今年はその数が多く、それぞれが細かい葉を解いてゆれるのは清々しい眺めだが、いずれ 古い竹を間引き、今年竹の丈も詰めなければならない。梅雨の重みで、すでにこちらへ弓なりにしなっ てきているのも数本ある。

  玄関から客を送り出した後、しぐ鍵をかけるのをいつも私はためらう。その音がすぐ客の耳にはいる のはなんとなく申し訳ない気がして、門を出るまで待つ習慣がついた。玄関のすぐ脇に、昨日から山梔 子が一花二花咲き出し、反対側を見上げれば、ざくろの紅い花も数えられる。私は戸口まで出て、外の 空気に触れた。

         「昨日今日」より

 

 読ませるなあ。

  

 

 

2018年10月14日