残日録28 『近江商人の哲学』

 山本昌人『近江商人の哲学――「たねや」に学ぶ商いの基本』(講談社現代新書 2018)は、たねやの社長の書いた本。

 

 世の中には「手作り信仰」というか、手作業のほうがおいしいという思い込みがある気がします。とんでもない。実は、和菓子は人間の手間が加われば加わるほどダメになっていきます。

 饅頭を作るとき、あんこを生地で包む作業を「包餡」といいます。テレビでよく目にするのは、職人が包餡したあと、手のひらの上で少しずつ回転させながら形を整えていく姿ですが、あれでは確実においしくなくなります。

 私は「現代の名工」をもらった菓子職人のもとで修業しましたが、このクラスになると、もう包餡した瞬間には完成している。ポンポンポンポンと、すごいスピードで、手にふれている時間がほとんどない。

 うちで出している「末広饅頭」は、黒糖を使った小さな饅頭です。法案から蒸して包装するところまでベルトコンベアで完全に自動化していますが、生地は流れるような液体なので、人間の手で包餡することは不可能です。

 もし手作業でやるとなったら、どうするか? まずは生地をもっと硬くする必要があります。さらに、生地がひっつかないよう作業台に粉を振り、手にも粉をまぶす。粉を加えることで、生地はさらに硬くなっていくわけです。末広饅頭の柔らかな触感は、絶対に機械でないtとできません。

 包餡後、生地がだれてこないうちに大急ぎで蒸して、熱いうちに包装する。こうすることで菌の繁殖を防ぐことができます。人間の手には、どんなに消毒しても菌がいます。だから、お菓子によって手作業だと二~三日しか日保ちしないものが、機械でつくると二週間もつようになる。その違いは、出荷時点の菌数によるのです。

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 もちろん、手作業でないと無理なこともあります。それを機械化しようとするのは、間違っている。

 例えば薯蕷饅頭の法案は、いまだに一個一個、手作業でやっています。触った感触で蒸し時間を決める必要があるからです。固定された配合がなく、そのときどきで水や砂糖や芋の量を決める、非常に繊細な作業で、機械化には向きません。

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 要は、手作業ですべき部分と、機械に任せたほうがいい部分を見極めるということ。うちでは、どちらで作るのがおいしいかを必ず比較検討してから、機械を導入するべきか判断しています。

 業界でも早くから機械化に取り組んでいるせいで、うちには一号機が多い。バームクーヘンを焼く機械もそうですし、ふくみ天平を作る機会もそう。「五六あわせ」という、ところてんのように押し出すプラスチック容器にゼリーを詰めた商品があるのですが、これを作る機械も一号機です。

 一号機を作るにはお金がいります。でも、機械メーカーとしては、うちがヒット商品を出せば、その機械が同業他社に売れるので、非常に協力的です。私たちもいろんなことが試せる。「機械で作るほうが本当においしくなるのか」という実験にも協力いただいています。

 (P50~54)

 

 読むとあたりまえのことのように思うが、たしかに「手作り信仰」に陥りがちなところがあって、「手打ち」蕎麦や饂飩に引き付けられて、不ぞろいの蕎麦をありがたがる、といった光景に出合うこともある。「仮説―実験」の論理が随所にある一冊だった。

 「ラ コリーナ近江八幡」について何も知らなかった。平日でも人でいっぱいなので敬遠していたのだが、甘いもの好きとは違った視点で再訪したくなった。

 

 

2018年09月23日