残日録27 『こないだ』

 昨日、梅田で7月の研究会の全国大会の実行委員会のメンバーで打ち上げをした。その行き返りの車中で、山田稔『こないだ』(編集工房ノア.2018)を読んだ。このところ、幼年文学を店で続けて読んでいるのだが、気分転換したくなったのだ。「書く習慣」が印象に残った。「VIKING」の編集人だった黒田徹が「いい作品の条件」としてつぎの四つ挙げたことがある。とあった。

 

 一、作者が「書きたい」と思って書いたもの。

 二、いやしさを感じさせないもの。

 三、自分の言葉で書いたもの。

 四、作者の精神が隠れていないもの。

 これは富士(正晴―明定)流を受け継いでいるとかんがえてよいだろう。

 二の「いやらしさ」には時流への迎合、読者へのおもねりのほかに露な自己顕示も含まれるだろう。

 さらにもう一つ、「視点の低さ」ということがある。

 正義や権威、あるいは教養・学識の高みから他を見下ろし、裁き、啓蒙しようとする、これは三に」ひっかかるのか。

 思想や理念から見捨てられ、地べたに転がる日常生活の断片、「くだらないもの」こそが散文芸術の貴重な糧となる。

 文章は公的なものと私的なもののせめぎ合いのなかで書かれる。文章を書くもっとも深い動機である詩的なもの(右に挙げた条件の一に当たる)、「おそらく人の注意を惹こうとして赤ん坊が泣くのと同じ本能」(オーウェル)に誓いこの私的な動機を、文章表現のなかで殺さずにいかに保ちつづけるか、これがもっとも大切なことかもしれない。(p137-8)

 

 この次に電車にのるときは、どんな本に出合えるのか。読んでおきたい本がまだまだある。女性が書いた官能小説と百合小説について意見を求められたが、返事ができていない。これは機会をつくって集中的に読破するしかない。

 昨日の会ではBLの木原音瀬(このはらなりせ)の話が出たので、鳩村衣杏の職域ものを、女性の社会進出という切り口で紹介した。

2018年09月16日