「成長戦略」と徳川吉宗「新規御法度」



リフレ派の上念司の『経済で読み解く明治維新――江戸の発展と維新成功の謎を「経済の掟で解明する』では江戸時代の中期以降、人口が3000万人と停滞していることについて、幕府内の権力闘争によって老中の構成が変わることで、「リフレから緊縮へ」「緊縮からリフレ」へというかたちで何度も経済政策が転換され、「根拠なき緊縮政策」が新井白石や松平定信によって推進されたことによりデフレーションが発生した、としている。

 リフレ派だから量的金融緩和(アベノミクス第一の矢)は当然だが、「金融緩和によってお金を増やせば、必ず物価が上がり、名目GDPも増加する」(原田泰)ということにはなっていない。

 第二の矢の「財政・税制」では、公共投資の効果については論議の分かれるところだが、少なくとも五輪需要が無くなって以降の建設セクターでの下支えにはなっている。消費税増税はリフレ派からするとブレーキでしかないのではないか。

 さて、第三の矢の成長戦略と言うと見通しは暗い。

 あほ内閣からすか内閣に変わって、竹中平蔵がより一層前面に出てくることで、新自由主義(ネオリベラリズム)政策が進められると、小泉政権時代のホームレス続出が再来するのではないか、という危惧も思い浮かぶ。

そうならないことを願うが、今日の成長戦略の空振りについて考えたい。

江戸時代中期からの人口の停滞は、経済政策の混乱もあったが、8代将軍の徳川吉宗が出した「新規御法度の御触書」が発明・技術の改良を阻んだ面も大きいと思う。

藤原裕文「新規御法度制度から特許制度まで」によると、



江戸時代には新規のものを工夫・発明することを禁止した時期があった。享保の改革を行い、徳川家中興の主といわれる8代将軍・徳川吉宗は、

「一、呉服物、諸道具、書物はいうに及ばず、諸商売物、菓子類も新規に巧出することを、今後堅く禁ずる。もしやむを得ない仔細のある者は役所へ訴え出て、許しを受け巧出すること」「一、諸商物のうち、古来通りですむ物を、近年色を変えたり、数奇に作り出す類の物は、おって吟味し禁止を命ずるので心得おくこと」という新規御法度の御触れ書きを1721年に発し、その後も同様の主旨の法度をたびたび発しているのである。本来は農民に自給自足を強要して米経済を維持するために贅沢を禁止する法令であったが、改善や新規発明に関するお触れ書きにそれ程の規制力はなかったとする見方もあるが、明治時代に制定された特許制度のように積極的に新規の発明を保護・奨励しようとするものではなかった。

 特許制度が存在しない江戸時代において、一子相伝により、技術を伝え、独占し、利益を確保するのは、やむを得ない事であった。



 小林聡「江戸時代における発明・創作と権利保護」では、



 新規法度は、質素倹約・奢侈禁止という武家の風潮に基づく禁令であったとするのは説明として十分でない。これらの触は物価抑制のために出された触である。江戸時代は、近現代とは異なり、清算の主力は機械ではなく職人であって、職人が生産技術を習得するには年単位での歳月を必要とした時代であり、労働力の流動性や柔軟性に乏しかった時代である。江戸時代中期の日本の人口は2500万人前後で、年鑑増減数は多いときで20万人弱であったとされ、災害直後を除き需要が大きく変動することは少なかった。一方、職人が発明・創作に労力を費やせば自ずと有来物の生産性が低下し、供給量が減少するから有来物の価格上昇につながることとなる。また、当時の物価は他の品目の価格上昇に敏感に反応したこともあって、幕府は江戸時代を通じて諸物価の上昇に神経をとがらせていた。江戸時代中期にあたる享保年間、幕府は物価抑制策として、新規法度を出すとともに、業者間の組合を結成させ、組合による価格の監視と価格の維持・抑制を行わせることとした。



とある。

 新規御法度は発明・改良を阻んだ。そして物価安定のために組合をつくることで、新たな参入を阻む結果となった。

 江戸時代の新規御法度や経済政策から、今日の成長戦略の不在を考えると、原因は違っているが、発明・改良の機運の停滞、物価抑制策をとっていないにもかかわらずインフレ基調にならない、という現象は同じだといえる。

 発明・改良の改良の方は日本人のお得意とするところである。発明はどうかというとあまり得意とは言えない。クリエーティブであること、失敗を恐れないこと、については苦手とするところである。

 江戸中期には、幕府が新御法度をだして規制をしたのだが、明治以降令和に至るまで、教育の国家統制によって、多彩な人材は生まれにくく、発明・改良は阻まれている。

 黄野いづみによると「東大脳」とは「自分で目標設定し自分で努力する、自立した脳」のことだそうである。「東大脳」を持った東大生がどれくらいいるのか、クイズに強い「東大王」はTVで観たことがあるが。「東大脳」とは変なネーミングであるが、「自分で目標設定し自分で努力する、自立した脳」を獲得する人たちが増えると、発明・改良の波は高くなることは間違いない。

 私はリフレ派支持であるが、「金融緩和によってお金を増やせば、必ず物価が上がり、名目GDPも増加する」(原田泰)とはなっていないのは、増やしたお金が株価を押し上げるだけになっているからである。麻生副総理の「老後2000万円」発言で、高齢者の消費は縮小し、2%の消費増税でも買え控えがあり、その上今次のコロナ禍である。先行きの不安を払拭してくれる政策は期待できないから、消費は伸びない。

 そしてもう一つ消費が伸びない要因に、購入慾を刺激する商品が開発されていないことが挙げられる。人々は安くてそれなりに良いものを消費する。

20201220

2021年01月09日