残日録16 業界人のお葬式と私

 図書館業界の中堅の人がご来店、久しぶりに雑談。私は業界の人との個人的なお付き合いはあまりないのだが、個人的なところでの交流を活発にしているとの印象を与えている。そのことは重重承知している。そのことが誤解をまねくことにもなる。

 随分前のことになるが、著名な研究者のお葬式に出席しなかったことを咎められたことがあった。個人的なお付き合いはなかったにせよ、業界の端っこにいる者として当然のことと受け止められていた。だがしかし、である。ご逝去されたことを知らなかったのである。どなたからも知らせていただけなかったのは、不徳のいたすところであるのかも知れないが、連絡のあった人は、私が知っていて当然と受け止めていたのだろう。咎めてくださった方は納得してくださったが、30歳代前半に病死されたAさんの時も来ていなかったじゃあないか、と言われた。私はAさんと研究会で数回、話したことはあったが、親しいというほどのことはなかったので、その時も、後で知ったわけだった。知らせていただいていても、出席しなかったと思う。これは、知らなかったので、と答えた。そう親しくはなかった、とは言わなかった。

 冠婚葬祭というのはやっかいなものである。

 近年といってももう10年近く前になるが、Bさんが突然死をしたとき、数少ない親しくしていた業界人からBさんの死を滋賀県内の誰にお知らせしたらいいだろう、という電話があった。先ずは私だろうと言ったら、どうして知らないの、という言葉が返ってきた。

 そんなことを話題にもした。

 あの人とは親しいのか、などと話を広げてくださった。業界人のなかには、私とさも親し気な雰囲気をまき散らす御仁もいて、戸惑うこともある。

 

2018年08月04日