残日録11 三権分立論

 「たのしい授業」7月号に「民主主義」についての記事があった。雑誌の性格から、滝村隆一の民主主義論が紹介されていないのはいたしかたがないことではある。ここで少し紹介する。

 雑誌「道」1981-6が「滝村国家論の展開」を特集していて、渡辺一衛「滝村国家論の展開―三権分立論を中心に―」が掲載されている。後の2003年に、滝村隆一の大著『国家論大綱 第一巻』のなかで展開される「三権分立論」の解説として読むことができる。

 「彼(滝村)の議論によると近代ブルジョア政治学の内部においても、三権分立論に対していろいろな異論や解釈の違いがあるようである。彼はこの〈三権分立〉の意味を実体的な区別、あるいは機能的な区別ではなくて、理念的な区別であるととらえている。そしてこの〈司法〉〈執行〉〈立法〉という三権の区別の中で、〈司法権〉にたいして特別な優位性を与えるという点に、彼の国家論の現在の独自な展開があると見ることができるだろう。(p13下)」

とある。渡辺自身の滝村三権分立論の解釈から、以下のことを導きもしている。

 「立法府は国民の可能なかぎり民主的な選挙によって選出された代表からなるが、そこではある程度息の長い、法律を中心とする原則的な事項しか決定できない。(ともかく国民の意思が直接表現されるのは立法府である)。それに対して執行府は、ある程度の専門的能力を必要とし、アメリカ大統領や日本の都道府県知事のように選挙で選ばれる場合もあるが、一般には専門職で、その時々の特殊で個別的な事項に対処する。〈執行〉権力は選挙であらばれた人々の集団では必ずしも適当でない。これが〈立法府〉と〈執行府〉の役割の違いをつくり出すのだと思われる。/このことは単に国家や政府だけではなくて、より小さな組織でも一般的に言えることである。(p14上)」

 最後のところは、「民主主義」や「民主的」ということばは、国家であれ団体であれ組織の内部には「三権分立」があるということを意味している。三権分立という地点から、現実の組織を見る、ということも大切だと考えている。

2018年07月20日