残日録46 科学読物を考える(改訂)

 0 はじめに
児童サービス資料論として、幼年文学までが領域であって、「現代児童文学」と呼ばれて来た資料はヤングアダルト以降を対象とした文学であることについて論じた。
 今回は科学読物について考察する。これによって児童サービスについて論じることが一区切りつくことになる。
 2019年3月に神戸で「公共図書館の児童サービスを考える 2019」が開催され、そこで「サバイバルシリーズから『ざんねんないきもの事典』まで」と題して話す機会を得た。
 なぜ、『ざんねんないきもの事典』が流行しているのか、がテーマではあったが、科学読物全般について論じるなかから考察した。
 文学以外の分野の児童資料には①博物・分類・科学、②実用書、③資料集・統計・図鑑・辞典・事典、④教科書・副読本・参考書、⑤知育玩具、⓺紙芝居、⑦AV資料、といったものがある。
 ここでは①の博物・分類・科学について、広義の科学読物として論じる。

1 博物の世界
「博物学の世界」は、日本大百科全書によると「広義には動物・植物・鉱物などの種類・性質・分布・生態などを研究する学問。狭義には動物学、植物学、鉱物学、地質学の総称。同義語に博物誌、自然史などがある」とある。「犬」「猫」「イネ」「○○石」といった物的世界=博物を対象としているのが博物学である。
「現代では自然物に関する各分野の科学が高度に分化、発展しているため、総称としての博物学という語が使われることはほとんどない」とあり、「博物の世界」と言えよう。
 「サクラ」をテーマにした写真絵本がある。これによって「サクラ」のことがわかる。「ウメ」についての写真絵本がある。これによって「ウメ」のことがわかる。
こういう本は、一つ一つのテーマについて幅広い情報を提供してくれる。
児童コーナーの自然科学の棚にはこの種の博物の本といってよい本が多く並んでいる広義の科学読物ではあるが、科学をもとにしてはいるが、狭義の科学読物とは異なる。

2 分類の世界
 科学の始まりは「分類」である。
 世界大百科事典によると「〈分類は文字どおり、対象を類に従って(似たものをまとめて)分けることであるが,〈類別〉とは違って,全体を共通性に従って大きく分け,分けたものをさらにまた共通性に従って細分し,これ以上分けることのできない個体の一つ手前(種という)まで順次分けていって段階づけ,体系化することをいう」とある。これが「科学の世界」につながっていく。
比較や集合も分類と近い関係にある。
 点数は少ないが児童書にも分類の本がある。この分野の出版が少ないことを図書館員としては注視する必要がある。
 なぜ少ないのか、が問われなくてはならない。

3 生態・生態学の世界
 「生態学の世界」は,ブリタニカ国際大百科事典によると「科学としての生態学が生物学の一部として認められるようになったのは1900年頃からで,最初は対象とする生物によって動物生態学と植物生態学に明確に分かれていた。生態学は学問ではなくそのための方法と考える者も少なくなかった」とあり、科学と認められる以前は、博物学(博物)の領域であった。
 それが「1916年にアメリカ合衆国のフレデリック・E.クレメンツが遷移理論を提唱,1927年にはビクター・E.シェルホードとともにバイオーム(生物群集あるいは生物群系)という概念を発表した。その後イギリスのチャールズ・エルトンによって生物群集である種が占めている場所を指す生態的地位という概念や,食物連鎖による個体数の調節が示された。1935年にはイギリスのアーサー・G.タンズリーが生態系の概念を提唱。この考えは一つの生態系内での各生物群集の機能テク側面に注目し,生物を生産者,消費者,分解者に分けてそれらの間で物質やエネルギーの流れを解析する方法に発展した」という過程で、生態学は「博物」から「科学」に移行することになる。

4 科学の世界
 「科学の世界」は百科事典マイペディアによると「現代では,科学を,自然についての,人間の経験に基づく客観的,合理的な知識体系であって,厳密な因果性の信頼の上に観察と実験を武器にした専門的,職業的な研究者によって推進されている,物理学,化学,生物学などを含む学問の総称,と定義することができる。社会科学は,自然科学をモデルとして成立した概念ということができ,対象は自然一般ではなく人間社会に限定され,内容はできる限り上記の科学(自然科学)の定義に近づくことが期待されるものの,対象の制約から観察や実験にはおのずから限界が生じるし,厳密な因果性も求められない」とある。
 「科学読物」と称ししている読み物は、「博物の世界」「分類の世界」「生態学の世界」「科学の世界」のどれかに該当する。
 20世紀には「自然と親しくなろう」といった類の科学読物があったり、「カエルもうれしそうです」といった擬人化した表現もあった。陥りやすい落とし穴である。SFや動物物語を科学読物とするのかは意見が分かれるところである。

5 科学読物と教育
 児童コーナーでも一般コーナーでも同様、自然科学の棚をみると、博物・生態・分類・生態学・科学が混在している。特に児童コーナーでは博物が幅を利かしていて、他の分野が多くない。
 どうして分類・生態学・科学の読物が少ないのか。
 それは科学教育と関係している。科学教育が知識を系統的に教えようとするばかりで、科学的な思考力を身に着けさせることとは縁がない。博物的な情報や知識を獲得するための教育になっている。『ざんねんないきもの事典』が大流行しているが、情報・知識を得ることに終始している。
 子どもたちは、サルについての知識を得る、サクラについての知識を得る、○○についての知識を得ることはあっても、なぜオセアニアに有袋類がいて、他にはいないのか、愛媛県でキウイフルーツの生産が多いのはなぜか、などを考えることはない。
 生活科や総合の授業で考える力を身に着けさせようとしたが、総合の授業時間が減少したりして、教育政策はギクシャクしている。
 2020年の教育改革がさらに前進をしようとしている。「何を学ぶか」だけではなく、「何ができるようになるのか」がポイントだそうである。「知識を活用する力」を教育しようとしている、とある。
 「主体的・対話的で深い学び」を取り入れた授業の中身は「発見学習」「問題解決学習」「体験学習」「調査学習」「グループワーク」「ディベート」「教室内でのグループディスカッション」である。
 そういう取り組みのなかから、もっと科学読物を読む子どもらが育つといいのではあるが、コラムニストの堀井憲一郎は「落ちこぼれる子が増えるだろう」と予想している。
 『関大初等部式思考力育成法』(関大初等部著 さくら社 2013)では、シンキングツールとして、「比較する」「分類する」「多面的に見る」「関連つける」「構造化する」「評価する」の6段階を身に着けさせようとしている。
 この6段階に対応した本が図書館の棚に並んでいるか、というと、そうではなく「博物」系の情報・知識の本が多くみられる。
 板倉聖宣は「『仮説をもとにして実験観察をつみあげ、法則理論の体系をつくりあげていくような学問』―それだけを『科学』と定義すべき」であるとし、科学読物の役割は「『その時代時代に正当とされていた自然についての知識を教えること』ではなく、『そういう常識・権威ものりこえて、仮説をたて実験をすすめようという生き方を育てあげようとするもの』でなければならない」としている。
 板倉聖宣的な観点の科学読物はなかなか読まれないし、書かれていない。そんな科学読物が読まれるためには、科学教育が変わらなければならないのである。

2019年05日03日改訂

2019年02月20日